今回のウィ−ンツア−の実質的な最終日となるこの日、朝から大忙しでした。
まず、午前8時30分にウィ−ン南駅近くにありますウィ−ン国際音楽ゼミナ−ル協会の事務局を訪れ、個人レッスンの仕上げが始まりました。 (ちなみにこの音楽ゼミナ−ルを創設したのは、日本人留学生を永年に渡って面倒をみてきた佐藤君子さんで、この人にはあの小沢征爾さんもお世話になったとか。そして数年前亡くなられた後を引き継いで総責任者を務めているのが、シュミット先生なんですね。(^^))
やはり伴奏が入ってレッスンを受けるのは最高! 自分ひとりでは見えないことがとっても良く分かります。 わたしは勢いで「ケ−ゲル」を全楽章やってしまい、(本当は1楽章だけのはずだったんだけど・・・)本当に目一杯楽しませて頂きました。(^o^)
最後にKn委員長が「岩の上の羊飼い」を吹いたのですが、みんなで「お手本になる演奏をぜひ!」とおねだりし、シュミット先生にも吹いていただきました。 演奏が終わると先生はすっかりごきげんになってしまい、ソプラノのHsさんに、「君が演奏会などでこの曲を歌う事があったら、スケジュ−ルがあえば、私もいっしょに演奏してあげよう!」などと、「Wiener Mode」全開!、といったご様子(笑)。こうして個人レッスンの方は全員、無事終了いたしました。
そして遅い昼食をのんびりと(本当はいそがなきゃいけないのに!)とった後、ホテルに戻り、黒服と蝶ネクタイに着替えて、合奏の行われるロ−ゼン・ホテル・アウガルテンへと向かいました。
(我々が宿泊したホテルの系列のひとつ)プロ−ベが終わった後に行われたのは、ディプロム(修了証)の授与式!全員がひとりひとり手渡しされ、ちょっと感激モ−ドにはいった感じ(^O^)。でも日付が間違っていたりして、ここでもやっぱり「Wiener Mode」はしっかり発揮されたのでした。(笑)。
続いて行われたのは10月に来日する「ウィ−ン・クラリネット・オ−ケストラ」(WKO)との合同練習でした。 HOLZのメンバ−にも参加して欲しいと、シュミット先生からのお話もあり、一緒に吹いたのですが、初めて合わせたとは思えないほど、柔らかな響きが拡がりました。(やっぱりエ−ラ−管の強みですかね。) 曲はバッハの「G線上のアリア」、ジョプリンの「エンタ−テイナ−」、ウィ−ンのポルカ、etc・・・・
なかには、アコ−ディオンのソロをフュ−チャ−した「さくら」の変奏曲、アイヒラ−先生の娘さんの歌で「魔笛」のアリア、といった曲もありました。 ちなみにWKOのメンバ−も我々と同じアマチュアの人たちですが、コンマスにはアイヒラ−先生、バスクラには元ORF(ラジオ放送響)のポラチェク先生も参加していました。ポラチェク先生の楽器は、なんとウィンナ−オ−ボエで有名なあのツ−レ−ガ−製(LowD),他のバスクラ吹き(2人)は、ウ−ベルのエ−ラ−式とリフォ−ムドベ−ム式をそれぞれ使っていました。 またコントラバスクラ(東京クラリネットクワイヤ−から送られたもの)を吹いていた人は、本業は仕立て屋さんでして、10月の演奏会でHOLZのメンバ−も着るチロル地方の民族衣装を作る人だとか。 おかげで、練習の合間に我々もスリ−サイズを計られてしまい、仕立て屋の娘さん(12歳でクラを吹いているそう)に笑われてしまいました。 (大事な秘密がばれてしまった!えっ、そんな事言っているのはオマエだけだろうって!失礼いたしましたm(__)m)。 でもこの仕立て屋さん、いっしょに吹いた曲のリズムが難しいところなどの入り方を教えてくれたりなどとってもいいひとで、すっかり仲良しになりました。少し話が横道に逸れましたが、肝心の我々の発表会ですが、時間の都合もあり、「グラン・パルティ−タ」+アンコ−ルで「ウィ−ンはウィ−ン」という演目になりました。WKOの皆さんには楽しんでいただけたことと思います。まだまだ習いたいことは一杯ありましたし、我々もまだまだ至らぬ点はあったと思いますが、参加したメンバ−には無事ツア−を終えた満足感はあったことでしょう!
終了後はホテルのレストランにてお約束の打ち上げ!
WKOのメンバ−とも交流を深めることが出来ました。 メンバ−全員が特殊管も含めてエ−ラ−式であることを話すと、一様にみな驚いたり呆れた様子。向こうでもエ−ラ−式は高いので、ベ−ム式を吹いている人も結構いるとか。 う〜ん、HOLZ恐るべし・・・・。
またホテルのオ−ナ−がバスの歌い手で、最後には「オ−ソ−レ・ミ−オ」などを歌いまくって大騒ぎとなりました。
こうしてウィ−ン最後の夜は深けて行ったのでした・・・・・ちなみに一部のメンバ−はホテルのそばにあった「JAZZ CAFE」にて二次会を行なった模様です。(^^)(わたしもそのうちの一人でした!)